沖縄を大切に想う先代が立ち上げた大事な会社。サンゴを通して沖縄の文化・染めの良さを広めたい。有限会社首里琉染・大城社長の起業エピソード

「沖縄の経営者特集!」第22弾となる今回は、琉球王国文化を受け継ぐ沖縄の紅型・サンゴ染め工房、有限会社首里琉染の大城社長をご紹介します。

首里琉染は、京都で天然染料や草木染めの第一人者として活躍した染色作家「山岡古都」が、沖縄の自然と天然染料に惚れ込み、紅型染めの文化保護・継承のため昭和48年に創立した沖縄初の草木染紅型研究所です。

今回は、二代目として紅型と、首里琉染の独自染技法であるサンゴ染めの体験や工場見学に力を入れる大城社長に、貴重な起業エピソードを伺ってきました。

先代の紅型染めの文化保護・継承が起業のきっかけに

取材班:まず、起業したきっかけからお聞かせください。

大城社長:きっかけは染色作家だった先代ですね。まず、この会社は本土復帰の翌年に先代が設立しました。
昔は植物染料しかなかったんですが、戦後になって顔料などの様々な染料が出てきました。
ただ、その染料を使った紅型は、お着物にしても帯にしても色落ちしやすいと、本土からすごくクレームがあったそうです。

このままでは沖縄の紅型需要がなくなって、廃れてしまうんじゃないかという話になり、植物染料の指導をしてほしいと染色作家だった先代が沖縄に呼ばれたことが、「琉染」のきっかけですね。
当時、沖縄の植物がどのような色を出すのか琉染で研究したのがスタートです。

取材班:なるほど、先代が沖縄に呼ばれたところから始まったんですね。

大城社長:はい。初めは「伝統工芸館首里琉球染」という名前で、紅型の復元と古美術品の展示、博物館のような立ち位置でした。
先代が復元した紅型の着物や、琉染で収集した漆器や焼き物、芭蕉布や厨子甕なども展示されていましたよ。

昔はね、沖縄の芭蕉布や漆器の素晴らしい物は、本土に流れてしまうことが多かったんです。先代はそれを食い止めるために、焼き物などを買い求めて収集していました。染とは別に、沖縄の文化財を大切にしながら活動していたということです。

私は二代目で、先代が築き上げた歴史を守り、どのように琉染ができたかということを伝えながら、現代に合わせた仕事をしています。

取材班:素敵なお話です。先代とはお父様のことですよね?

大城社長:そうです、私の父です。私が言うのも変ですけど、「山岡古都」という有名な草木染め作家なんですよ。大阪万博の5000年後に開かれるタイムカプセルにも、友禅代表で父の作品が納められています。
山岡古都なくして今の紅型は残っていなかったんじゃないか、とも言われている程、沖縄の歴史家の先生方には父のことをよく知っていただいていると思います。

私も先代を見習い、沖縄をPRしていきたいなあと思っています。

偉大な先代を持つ、二代目というプレッシャー

取材班:起業してから今までで、何か大変だった出来事はありますか?

大城社長:先代が琉球歴史に関する資料や文化などに私財を投じた、過剰な情熱は偉大で素晴らしく、二代目の私に変わった時に、一体何ができるのかというプレッシャーで押しつぶされそうになりました。

ただ、先代は先代、自分は自分、できることしかできない、と考えることで吹っ切れました。自分が楽しく仕事ができることは何かな…と。
重たいものを背負ってはいますが、プレッシャーばかり感じていると何も前に進まないので、自分らしい事業をしていくことに考えを切り替えていきました。
先代は多岐にわたり活躍しており、アメリカのホワイトハウスにも作品が飾られているんです。

先代があまりにも偉大でしたので、私にできることは先代が開発したサンゴ染を通して伝統を守り、人と人の御縁を繋げていきたいと思います。
特に、先代が考えてくれたサンゴ染をすごく大切にしていますので、父の意志をほんの少しでも繋ぐことができたならと考えております。

辛いことは開き直ることで乗り越えてきた

取材班:先代の大きなプレッシャーを跳ねのけたポイントは、考え方の切り替えだったんですね。

大城社長:そうそう、諦めたのよ(笑)諦めるというか、開き直るというか。
苦しいし、考えれば考えるほどやっていけなくなって。なんくるないさじゃないけど(笑)

取材班:他にも、何か辛かったことなどはありますか?

大城社長:そうですね…実は私の出身は京都なのですが、当初は沖縄での仕事が難しい時期もありました。「ナイチャーね」とよく言われて、区別されているような感じがして。

ただ、名刺の姓が大城に変わってからは、すごく仕事がしやすくなりました。
時代の流れも変わってきているので、先代のやってきたことが、今はすごく感謝してもらえるというか。沖縄の皆さんに認めてもらえたことが嬉しいです。

取材班:沖縄の姓になると、そんなに違いますか?

大城社長:ぜんぜん違いました。時代も今とは違いますしね。私が沖縄に来て37年ほどになりますが、来た頃はすごくやりづらかったです。
今は、本土でも沖縄でも、たとえば沖縄の人が本土に行けば「沖縄から来たの?すごいね!」と言われますが、昔は差別のようなことがありました。沖縄の人が本土に行って、大変な思いをされることもあったと思います。

私は沖縄と本土の中間にいて、両方の気持ちが分かるので、本土からのお客様への接客もやりやすく、そうした意味でも仕事がしやすくなりましたね。

取材班:時代を感じるお話ですね。ありがとうございます。

今後は贈り物や建築関係に使ってもらえるよう、染物の可能性を広げたい

取材班:今後、どのように事業展開していきたいなどのビジョンはありますか?

大城社長:首里琉染では、今までは着物の販売をしてきましたが、近年では着物を着る方が少なくなり、染体験を重要視しながら変化してきました。コロナ前までは観光のお客様も多かったですしね。
商品はネットでも販売しており、今後はギフト用にもPRしたいと思っています。
「琉染」というと、サンゴ染体験のイメージが強いかもしれませんが、これからは贈り物というイメージも強めていきたいですね。

あとは、建物を建てる際の「この空間に染物を入れたい!」というご相談が多いので、建築関係で使用できる物の提案も行っていきたいです。現在も、建築関係では空港などに納入させてもらっているので、染物の可能性をどんどん広げたいですね。

起業したい方へのメッセージ

取材班:これから起業したい方に向けて、何かメッセージをいただけますか?

大城社長:自分が好きな分野、得意な分野、思い入れがあって一生懸命になれることなら、成功するんじゃないかな。
私は二代目で、自分の好きなことができなかったので、これから起業する人は羨ましいです。

私は、人の御縁が大好きで、今まで一生懸命働いてこれました。自分の好きなことで起業をしていれば、苦しい時も乗り越えられることができると思います。

あとは、起業する方に大切なのは、どれだけの人脈が側にいてくれているかです。他の方から授けて頂くことは多く、意見を聞いたり、つながりが仕事になることもあります。人脈は大事にしてください。

また、どんなに成功しても天狗にはならないように。私の憧れる社長は皆さん謙虚で素晴らしい社長様ばかりです。

取材班:大城社長、素敵なお話をありがとうございました。

有限会社首里琉染の事業所情報はこちら

今回ご紹介した有限会社首里琉染には、二代目として試行錯誤しつつ、強くしなやかに生きる大城社長がいらっしゃいました。

横の繋がりが強い沖縄では、スタッフ全員で会社を前に進められるよう、積極的な提案ができる環境に整えたり、制度を変更したり、様々な工夫を凝らしているそうです。

物静かな佇まいから、どこか強い芯を感じる大城社長。沖縄の伝統を守りつつ新しい挑戦を続ける首里琉染に、今後も目が離せません。
そんな首里琉染の事業所情報は、下記よりご確認ください。

事業所名 有限会社首里琉染
アクセス
住所 〒903-0825
沖縄県那覇市首里山川町 1-54
電話番号 098-886-1131
公式HP https://www.shuri-ryusen.com/

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